鞍谷浩史(くらたに ひろし)
1977年京都市生まれ。
高校卒業後、18歳の時に神戸のメリケンパークオリエンタルホテルで和食の修行を始める。
そこから京都にうつり、6年ほど京料理店で修行を積んだ後に、
実家にあたる「北白川ともえ」に戻り、4年ほど寿司・京料理を出す。
2020年に島食の寺子屋常勤講師に就任。

■島食の寺子屋常勤講師になろうと思ったきっかけ

京都芽生会(京料理の若手料理人の会)の仲間から求人を紹介されて、
京都のたん熊北店で受入コーディネーターの恒光さんと会ったことが始まり。
隠岐の場所もわからないくらいで、まずは現地を見に行ってみることにしました。

もっと田舎と思ってたけど、行ってみたら意外に町っぽくもある。
でも住んでみたら、やっぱり田舎でした(笑) 
訪問したドイツ人農家からもらったパプリカを、
イタリア料理屋さんにお願いして、
ディナーに入れてもらった思い出もあります。

前・常勤講師の佐藤さんからは、
「食材が厳しい時期がある。思った通りにはいかない。」
と大変さと魅力を語ってもらい、一度京都に戻って考えました。

東京などの料理店への就職という他の選択肢もありましたが、
「食材が制限された中で、どういうものが作れるのか」という環境が、
今後の料理人生活の中における自分自身の学びになると考え、
島食の寺子屋常勤講師になることを選びました。


■料理の経験者として島食の寺子屋で感じていること

市場には出回らない規格外のもので調理をしたり、都会にいれば触れないような新鮮な状態の魚を使って、実践授業の中でお客様に料理をお出しできるのは、料理人として恵まれている環境です。また、自ら山に入れば山菜が獲れ、海に入れば海藻もとれ、畑に入れば野菜を分けてもらえる。そして、自分たちで育てた野菜で、料理をしてみることもできる。色々な自然の食材と出会い、それぞれの食材の味を覚えることで、料理人としての舌の基礎ができていくと思います。


■島食の寺子屋・一年間コースの応募者は、料理初心者の方が殆どです。 島食の寺子屋の一年間でどのようなことを伝えることができると思いますか?

周りになにもないので、料理に集中できる環境ですね(笑) 
食材の現場も近いことですし、島民の方と仲良くなれば食材も分けてもらえる。
授業が終わってから自習の時間もある。その時間をどのように使うかは自分次第。
そして、やればやるだけ上手くなる。

入塾当初になんの知識もなく作った料理と、
まったく同じ料理を一年後に作ってほしいですね。
一年の間に、包丁の使い方から食材の扱い方、
調理法もまるっきり変わっていくと思うんですよね。


■離島キッチン海士での実践授業では、生徒になにを得て欲しいですか?

離島キッチン海士では、お品書きが毎日変わります。
その時々にある食材を使い、「ないものはない」中で、今ある食材でどうするか?
料理に対して考える力がついていくことによって、料理のバリエーションは増える。
バリエーションが増えれば、本土に戻って全ての食材が揃った時に、
料理でもっと色んな組み合わせを発想できると思います。

箱膳の中には9種の小鉢があって、それぞれに和食の技法を取り入れ仕上げていくので、
自然と和食の技術が身についていくようになっています。


■卒業後はどのような道に進んでほしいですか?

料理人になるという方向性は決まっているけど、
どのような料理人になるかまでは決まっていない応募者の方が多いように感じます。

島食の寺子屋で過ごす一年間のうちに、自分の進みたい料理の道を見つけ、
その道に近づけるような次のステップを一緒に考え、
そのステップを逆算して技術指導や進路サポートを進めていきます。
もちろん、海士町内外の進路先のご紹介もさせて頂きます。