島食の寺子屋を知ったのは、どのようなきっかけ?

寺子屋のことは日本仕事百貨というサイトで知りました。
その当時いまの職場で働いていたときは、グリーンシーズンだけの秋までの任期だったので、
この先どうしようかなって考え始めた時に、なんとなく日本仕事百貨のサイトを久々に見てみたら、募集記事があって。

仕事の求人じゃなかったので、「なんだこれ?」みたいな感じで目に留まった気がします。
働きたくなかった訳じゃないですけど笑

その時は、美瑛に来て2年目で。
1年目は農作業のお手伝いをして、2年目は現在も働いている宿で働きはじめて、段々と食べるものに関わるようになってきて。
料理は全くの素人だったけど、小さな職場だから色んなことをさせてもらえるなかで、調理に関わったりとか。

料理をする方も、もっとできるようになっていきたいなと思っていたタイミングでしたね。

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美瑛の風景

 

いまの職場の前はどんなことを?

スポーツ大会の写真を撮るお仕事をしていたんですけど、コロナで大会そのものがなくなってしまって。
ちょっと仕事が減りそうだぞって求人を探してみたら、美瑛で農業ヘルパーの仕事があって。
この機会に札幌を出てしまってもいいんじゃないかなって思っていました。

シティガールだったので、地方の方で土と近い暮らしは憧れでしたね。
それで、まずは農作業ヘルパーをやって、その任期が1年だったから、次どうしようってなった時に、たまたまここの宿の求人を見つけて。


寺子屋に入る時はどんなことを期待していましたか?

何ができるようになるとか、具体的に何かを期待していたわけではなくて。
なんていうか、野菜とか魚とか自分のところに来るまでの道のりが分かるものがあって。
あの人が作った野菜とか、あの港で獲れた魚とか、獲れたてをすぐに調理をする、ということそのものにワクワクしていたと思います。

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定置網が港に帰っていくところ

 

例えば、すごく遠いところで採れた旬ではないものが当たり前に手に入る環境って、不自然だよなって思っていて。
旬のものを肌で感じながら生活もして、料理も学ぶっていうところに身を置いてみたかったのが大きかったです。

札幌に住んでいた時は、実家に住んでいたということもあって、あまりそういうことを考えていなかったんですけど。
美瑛に暮らし始めてみて、こんなに農業が盛んなところなのに、なんでスーパーに地元の野菜が少ないんだろうって。
わざわざ遠い場所に出荷して、地元の人たちの手に入りづらいのはなんかおかしいよなあって。

そういう不自然さを、なくすのは今の時代では無理だと思うんですけど、
それをやっているところが、島食の寺子屋なんだっていうのが、自分にとっては希望になりました。

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蕗の森で同級生と

色々なことが初めての島での生活。どんな生活のスタートでしたか?

そうだなぁ。自分の場合は、寺子屋に入る直近数年で、住む場所も関わる人もがらっと変わることが続いていて。
割と適応力はあった方だと思うけど、やっぱり物理的にも北海道から遠いし、全部が違いましたね。
大根の桂剥きをするってなって、あんなにトラックいっぱいに沢山の大根を畑から抜いてくるなんて思ってもなかったですし笑

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大小さまざまな大根・蕪を掘るところから始まる

 

あとは、寺子屋でもお家に帰ってもみんなとずっと一緒にいることになるので、
休みの日に自分の好きなヨガに行ってみたりとか、ちょっと離れる時間を持つことで自分を保っていたと思います。
寺子屋の一生徒としてじゃなく、個人として動いてみる時間があるといいんじゃないかな。


実際に寺子屋に入ってみて、学べたことはなんでしょう?

料理をする時の工程で、「これはこういう意図があって、こういうことをするんだな」ってことを学べたと思います。
ひとつの例えだと、魚の臭みとかぬめりを取る為に、霜降りをするとか。
作業のひとつひとつに、こういう意味があるんだよって、考えて料理をできるようになったことかな。

砂糖を入れたら硬くなるから、砂糖・醤油・味醂を入れるとしても、砂糖は後から入れるとか。
レシピを見てから料理をするとしても、自分ならこういう風に進めていこうかなって、自分で考えて料理をできるようになりました。

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厨房にて夕食の準備

 

このレシピはこうしてるけど、先生は同じことをする時にこうしていたなって思い出しながら。
先生がしていた手順とかにも、ちゃんとひとつひとつに意味があって手順があるんだなって。

レシピがこうなっているから、ただレシピ通りにするんじゃなくて、
レシピのこの部分はこういう意味の為にやっているという風に、読み取ったうえで料理に取り掛かれるようになりました。

美瑛に戻って料理をしている際中に、寺子屋を思い出すことは良くありますよ。
いま、私は自分で野菜を育てているし、とうきびとか小麦も自家栽培ですし。
その小麦で作ったパンも売っているし。料理のジャンルは違うけど、寺子屋と同じスピリッツがあると思うことが多々あります。

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自分で育てたり収穫した野菜たち

 

島を離れてみて、感じる成長はありますか?

遅いなりに手際は良くなったし。
一緒に料理をしているメンバーに、調理師学校を出たり料理を学んだ人がいるわけじゃないけど、その中で私の仕事は丁寧だって言ってもらえることは多くなりましたし、そこは成長したのかな。先輩とかも、お客さんに料理を出す時に、私には安心して任せられるって言ってもらえたりするのは嬉しいことですね。

島を離れて3年目。当時のことを思い出すことはありますか?

あります、あります。
さっきは、午前中その辺を散歩していたんですけど。稲刈りが始まるくらいの時期に、玉ねぎ染めをしてその後に稲の中をみんなで散歩したことを思い出しました。

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稲刈り前の散歩

 

だから、そろそろ稲刈りが海士町で始まる頃かな、新米だなとか。
やっぱり、なんか季節が変わったなと思う度に、今頃の海士町はこんな感じかなって、思い出しますね。
あんなことしていたなとか、こんな食材が取れていたなとか。

なんでもない時に、何かをみてはっと思い出すこともあります。
去年はむいたミカンの皮を見て、崎小の校庭で、かけっこしたりダンベルしたりして遊んだ記憶が蘇りました。

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小学校跡地でかけっこ

 

梅を見たら丹後さんのこととか、島でした梅仕事のことを思い出すし、みかんを見たら白石さんを思い出すし、椎茸を見たら福井さんを思い出します。
北海道でも海士町を思い出すきっかけになるものは沢山あります。

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梅干しづくり

今のお仕事について教えてください。

シフトによるんですけど、朝番か遅番と、掃除やルームメイクも自分たちでやります。
前日に仕込んであるポットローストを朝焼いて、サラダを作って朝食を出すのが、ざっくりというと朝番のお仕事です。

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お客さんがチェックアウトするまでの間に、ディナーで使うものや翌日の朝食の仕込みをして、そのあと掃除をします。
掃除が終わってお昼休みのあとも、チェックインまでの時間に主にそういった仕込みをします。
遅番のときはチェックインと、ディナーを仕上げてお客さんに出すところまでやります。

 

仕事中のお昼ご飯はどんなものですか?

給食の献立表みたいに、その日のシフト表の横に献立表が貼ってあって。
朝番の人は予めメニューを考えておいて、その日に使いたいものを書き出しておいて、買い出ししてもらうとか。
だから、賄いはサラメシに出られそうなくらいに豪華な時とかもあったり。

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お庭で育てているハーブを入れたパン粉で、イカフライに

 

今だったら畑でパプリカが沢山採れていて、こないだガパオを作ってくれた子がいたり。
ズッキーニがいっぱい採れていた時期は、ズッキーニのパスタとか、麻婆茄子ならぬ麻婆ズッキーニを作ってくれたり。
そういうことも、あるものでどうしようかなって考えるのは、寺子屋っぽいですよね。

私はハウス一棟分で好きな野菜を育ててもいいって、ありがたいことになっていて。
とうきびの収穫とか畑仕事もやりたいって伝えていたから、自然と野菜担当になっていました。
元パティシエでパンやお菓子作りが好きな先輩は、パン作りを任されていますし。
それぞれの好きなこととか、向いていることを、やらせてもらえるのは、小さな職場だからかもしれないですね。

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見渡す限り広がる とうきび畑

けっこう忙しそうですね。

両立できているといえばできているのかな。
毎日自分の採った野菜を届けて、それが料理に使われているので、両立できているといえばできているんですけど。

でも、畑仕事って収穫だけじゃないじゃないですか。
これぐらい手をかけてお世話していたいけど、十分に手が届いていないってことはあって。
あと、料理する立場としても、自分で育てた野菜たちを生かしきれていないと思うこともあります。贅沢なジレンマですけどね。

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各棟にお届け形式

 


畑の方で今後やっていきたいことはありますか?

美しい畑にしたいんです。雑草がないとかそういうことではなくて。
去年のお客さんにとうきび美味しかったって言ってもらえたことがあって。

「他にもとうきび畑があるけど、ここの畑で育ったものは絶対に美味しいと思った」って言われて。
とうきびを買ったけど、畑を見ててくれたお客さんもいて。それで、すごく自分の中でハッとしました。

ここで育った野菜なら食べたいって思ってもらえるような畑にしたいって、その時から思うようになりました。
そんなこともあって、もっと畑に手をかけたいですね。

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宿でやりたいことは、育てた野菜やハーブを使って保存食を作ることです。
ドライトマトを作りたかったし、バジルシロップを作りたかったけど、出来なかったりとか。
季節の手仕事をやり切れていないのが難しいところですね。


今後はどのような展望ですか?

畑を自分の生活の真ん中に置けるようになりたいですね。
それで食べていく、というよりかはそれを食べていたい、というか笑

食べるものを自分で作って、自分で食べたいし。
お客さんに美味しいって言われるのも嬉しいんですけど、
家族とか友達とか自分にとって大事な人たちに美味しいって言ってもらえることの方が、私にとって大事だったり。

自分と近しい人たちの為に作りたいんです。
現実的にはお金を稼いだりしないといけないんだろうけど、自分が作った野菜とかお米とかを、自分と周りの人たちとで食べて。
それが広がっていって、もっとたくさんの人たちに食べてもらうことになったら、それでいいんじゃないかなって。

料理をする人以前に、生産する人でありたいなって想いがあります。

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島食の寺子屋へ入塾検討している方に一言。

入ってみたらいいと思います。
何を学んで持ち帰るかは、人それぞれだし。

間違いとかは絶対にないし、これが正しいってものもないし。
みんな、寺子屋に入って、何かを持ち帰って、その先でどうなるか分からない方が面白いんじゃないでしょうか笑

寺子屋って、日本料理のことをするし、お魚を沢山さわってきたから、
いま自分がそういう場所にいないことを勿体無いことのように思ってしまうこともあって。
自分自身が和食が好きで、寺子屋の時に作っていたような料理をしたいと思うこともあります。
ずっと美瑛にいるつもりではないので、いずれはお魚のおいしい場所で暮らしたいですね。

それぞれが寺子屋で種を蒔いて、そこからどんな花が咲くかはお楽しみ、
みたいな感じで良いんじゃないでしょうか笑

種蒔きですよね、なんでも。

(インタビュー収録 : 2025年9月23日)