2024年度 四季を通して学ぶ1年間コース
前田さん(2024年度 四季を通して学ぶ1年間コース)
今働いているお店の説明をお願いします。
三友居というお店に勤めています。三友居は今の社長のお父さん(会長)が創立した仕出しのお店です。基本的には茶道の中の茶懐石というのを、出張料理だったりお弁当を作ったりしています。
幾つか選択肢があった中で、三友居さんに決めた理由は?
寺子屋に入塾した時から、茶懐石を専門にしたいって決めていたんですけど、具体的にお店の名前であったり、お店との繋がりとかが全くなかったので、どうしようかなって思っていたんですけど。
ちょうど、1年前くらいの寺子屋で行く京都研修の前に、鞍谷先生にそのことを相談していて、その直後に中央市場を見学をしている時に、たまたま三友居の社長の山本さんが歩いていらして。

鞍谷先生がその場で紹介してくださって、それが最初の出会いでした。その時は、ひとつ繋がりができた嬉しいな、くらいで思っていて。年末にお節の手伝いに行かせてもらった時は、茶懐石のことに直接は触れなかったんですけど、雰囲気とかこういう価値観を持っていらっしゃるんだなとか、人間性とかを見れて。
その後に良かったら初釜にお手伝いに来ないか?と誘ってくださって。それがたまたま私がお茶のお稽古をしている官休庵さんで。普通だったらお稽古していても、初釜には絶対に入れないので、こんな機会は絶対にないと思って参加しました。
その当時は、他にもふたつほど就職先にしたい選択肢となるお店があって、それぞれ見に行ったんですけど。でも、三友居の会長のお人柄とか、仕事に対する姿勢とか、茶懐石に対する造詣の深さみたいなのを垣間見て、この人のところで学べるだけ学びたいというのが一番の理由ですね。
茶懐石に興味を持つまでの、道のりを教えてください。
価値観が変わり始めたのは高校生の時で、山形の小国町にある学校に通っていて。自分は何もできない、自分は何も持っていない、みたいな思春期独特の悩みがあって。自分はこの先に何をしていけばいいんだろうみたいな。
その時に、たまたま牛が放牧されている風景だったり、生徒が自分の感じていることをみんなの前で話す環境とかがある高校を母親に教えてもらって。自分のことを言葉にするなんてできない性格だったし、大阪に住んでいたらこんな自然にも出会えないしって、「ここで人生変えたる!」って意気込んで、その高校に行くことを決めました。

そこで親元を離れて自分自身と向き合ったり、一緒に暮らしている人たちとか、自然と向き合ったり。本当に大事にすることは何かみたいなのを、教えられたというよりかは、自分で見つけられたという教育の在り方の中で育ててもらったなって感じがあります。
動物のお世話をしたのもあって、命のことであったりを学びたいようになって、死生学を学べる大学に進学しました。大学では授業以外のところで、同世代の人たちと一緒に自然農をしてみたり、その畑でとれたものでカフェとかマルシェをしたり、子供たちに食育をしたりとか、そういう活動をしていました。
奈良のお茶農家さんのところで、お茶狩りとかお手伝いさせて頂くこともあって。遊びの一環みたいな感じで、茶道の中のお茶事というのをみんなでやっていたことがあって。子供たちと一緒に庭に生えているお花を摘んできて、生け花をしたりとか。農家さんがつくったお茶でお抹茶をたてたりとか。お料理も自分たちで作ったりとか。

本当に稽古でやるような型からははみ出しているし、無礼講ばっかりだったんですけど、みんなで作り上げている感じの茶懐石というか。本当に周りの自然と、そのお茶事というのがリンクしている感じというのが、すごい楽しくって。そういうことが、茶懐石に興味を持つ原風景としてあったと思います。

在来野菜との出会い
あと、色んな農業の活動をしていくなかで、今の農業の問題とか、農家さんが抱えている悩みとかを直接聞かせて頂く機会があったんですけど。自分の中で学びを進めていくなかで、在来野菜というのがあるっていうことを知って。それで、在来野菜を主軸に活動されている方たちのコミュニティとも出会いました。

在来野菜っていうのは、その土地で長年種取りされて、個性をもった野菜のことを言うんですけど。みんながスーパーで食べているようなお野菜とは違って大量生産できないし、形もいびつだったり安定して採れなかったり、ちょっと味に苦味とかくせがあったりして、段々食卓から遠のいていった野菜たちなんですね。それを栽培している農家さんも、だんだん高齢化していっているし、そもそもそんな野菜を知らないから食べ方が分からないって消費者のひとも増えてきたし。
在来野菜が残っていくか消えていくかっていう大変な時期にあるなって思って。そういった現状を聞いた時に、自分に何かできることはないかなって考えて、まずは卒業論文で自分がずっと心の中で持っていた「人の命ってなんで尊いんだろう」って想いと、こんなに大変な種取りを続けている方々の信念って、なにか繋がっていて、大切なものがそこにあるんじゃないかみたいな予感があって。
そういう予感もあって、卒論のテーマにしたのが「種取りが育む命観」でした。山形で在来野菜を育てている農家さんと、長崎の雲仙にいる農家さんと、あとイギリスにもいる方にもインタビューしました。その方々の話を聞くなかで、種取りをされている方って、野菜に対してすごい愛情をもって育てていらっしゃって。
ただの商売道具とかには思っていなくて、本当に自分の家族とか子供とかパートナーみたいな感じに接していて。人と野菜の間にすごく良い関係性があるんだなって感じました。種取りをするっていうのは、野菜の一生と向き合うことで。

種を植えて育てて収穫して、その野菜の花を咲かせて種をとって、その種を保存して来年の春にまた芽が出るっていう、野菜の命の循環を毎年毎年繰り返していて。農家さんたちは、そんなに意識されていなかったんですけど、命って循環しているんだなっていうのを自然に持っていらっしゃって。
そういう感覚って、きっと子供の食育にも大事なことだし。自分が知りたかった「人の命はなんで尊いのか」ということに対しての一つの答えになると思っていて。自分の両親とか、おじいちゃんおばあちゃんとか、もっと上の世代から繋いできたからこその、他人には替えられない自分の命の尊さというか。見かけの、どれだけお金を持っているかとか、どういう仕事に就いているのかとか、年齢とか性別とか関係なく、人の命が尊い理由はそこにあるんじゃないかなって。
野菜の命である種を繋いでいくことも本当に大事なことだと思っていて。卒論をきっかけに色んな農家さんの話を聞いて、自分は何もできないけど、なにか恩返しをしたいし、自分なりの方法で伝えていきたいと思いました。
茶懐石と在来野菜を繋げる、料理の世界に
農家さんへの恩返しに、何を手段にしようかなって思った時に、アルバイトをしていたお茶農家さんのところでの茶懐石がイメージとして残っていて。茶道の世界って自然のサイクルとかをすごく大事にしているし、地産地消というか自分たちの近くにあるものこそご馳走だって考え方。
物珍しいものとか高価なものを出して喜ばせるというよりかは、ほんとに身近にある自然から頂いて、ほんのちょっとのものを愛でるというか尊ぶ価値観とかが、在来野菜を伝えるには良い価値観だったのかも。
在来野菜に惹かれていた理由は、今思ったら先人の方たちが「これは大事だ」って思ったものを、次の世代に受け継いで、次の世代もこれが大事だと思って大事に種をとるという、今の農業とは真逆のやり方をとっている方がいて。並大抵のことじゃないとも感じていたし。そこから卒論を書くために、そういう人たちにインタビューをとるようになって、自分もなにか小さくてもいいから役に立ちたいなって。
自分が好きでこれからできそうかなっていうのが料理で。その流れで島食の寺子屋を知った時に、あぁぴったりだなって思いました。

でも、今までの自分が知っているのと全く違う世界だし。料理でやっていくってなって。でも18歳とかから料理人を志している方々がいる中で、自分がスペシャルなものを持っていないと、料理人の世界に入っていけないんじゃないかって思ったりもして。だから、島食の寺子屋っていう、スペシャルな体験ができる料理学校に入ろうと思ったのもあります。
実際に茶懐石の世界に入ってみてどうだった?
もう奥深すぎて、何から手を付けていいのか分からないっていう。料理だけじゃなかった、みたいな。出張料理ってなると、私は会長とご一緒することが多くて。茶懐石の世界ですと、「辻留さん」が一番有名だとは思うんですけど、裏千家のお抱えだから裏千家一本でされていたりとか。
一方で、三友居さんは、どの流派でも対応できるようにしていて。そうすると全ての流派の、お箸の持ち方とか、使うお箸も違うし、お菓子も違ったり、出す順番も少しずつ変わったり、それも季節ごとに変わってくるっていう。

基本的に、裏千家・表千家・武者小路という3つが流派としては多いんですけど、まだまだ他にも色んな流派があって頭がわーってなるし。器も会長はすごく造詣があって、すごい好きだから勉強になるんですけど。今までの茶道とかの歴史とか、器の歴史もあるし、茶道で使われるモチーフとかの文化的な背景とか。私が知らない世界がまだまだ沢山あります。
茶懐石の中で料理のお仕事ってどんなもの?
入ってみて、やることなすこと本当に全て楽しくて。やりたいこともどんどんチャンスを下さるし、すごい楽しいんです。でも、仕出し屋さんって裏方なのでお客様の顔が見えなくて。実際に御客さんがどういう表情をしていたのかとか全然分からないし、そういう部分ではすごい難しいところがあるなって思います。

あとは、ただ美味しい料理を作っているだけじゃだめなんだなって。
お客さんを喜ばせようと思っても、文化度が高い方をお相手にすると難しいと思ったし。自分がこれを仕事にしようと思った時に、人脈とか人間力とか京都ならではの関係性みたいなのがあって、持ちつもたれつみたいなところがあるから。
いちなんでもない料理人が太刀打ちできる世界じゃないなって、今はちょっとナーバスになっています(笑)
それに、どこから手をつけていいか分からないというか、器の産地とか年代とか種類とか覚えたらいいのかって勉強したりとか。掛け軸を見て読めないから、じゃあ文字の勉強をしようとか。料理ももちろん勉強するし、茶道の文化とかとにかく手あたりしだい覚えないといけないなって。そういうので焦ってしまってしまったりもあります。

島食の寺子屋に在学中のお話を。
本当に人生で一番豊かな時間だったなって思います。
今のところはですよ(笑)
食材に恵まれているというのもあるし、すごい高校時代を思い出す人間関係だったり。高校で食品加工の部長とかしてて、栗を拾って栗ジャムを作ったりとか、そういうのがすごく楽しくって。寺子屋でやっていることは、さらに豊かだったなと思えて。

全部自分の生活と授業がリンクしている感じがして落ち着くし、安心感があるし。消費している感覚が苦手なんですよ、知らない誰かが作った替わりがあるものを買っても、満たされないというか。替えがきいてしまったり、そこまで重要じゃないものに囲まれているのが落ち着かないっていうのがあって。そういう意味では海士町の暮らしって、全部顔が見えて、会話とか物語と一緒になっているというか。昔はそういうのが当たり前にあったのかもしれないけど、今の社会の中では豊かなことだなって。

友達と話したことがあって、料理とか洗濯とか生活のあらゆることがあると思うんですけど、そういうのを人に預けてしまうのが恐いなって話をしたことがあって。誰かに預けてしまったら、自分が弱くなってしまうような感じ。

あと、働き始めて思ったのは、寺子屋とか離島キッチン海士の環境で、本当に色々と失敗しながらもやらせてもらったことは有難かったなって思います。普通だったらできないことにチャレンジさせてもらっているじゃないですか。4月に入塾してちょっと経つと、もうお客様に向けて料理を提供するとか。でも、みんなで現場をまわして、料理の全部のことを見渡せて、実際にできて、フィードバックがもらえるという環境。
失敗もさせてもらえて、すごい守られた環境でやれてきたことが今に活きているなって。

料理とか技術とかって、やればやるほどついてくるんですけど、料理じゃないところの鍛えられたところを重宝されています。簡単なことだと、事前の準備とかみんなで協力することとか、料理を仕事にする上ではないがしろにできないことだし。仕入れたものでどう料理するのか、余ったものをどう使っていくのか。生産者の方の背景とか現場を見れたから想像できたものとか。実際にお客様を前にした時に、手を早くするとか、自分がどういう失敗をしがちなのかとか、そういう一年間で蓄積されたものが沢山あるから、実際に仕事で現場に入って、ばーって一気に仕事が来た時に、戸惑いながらもその時の経験が活きているなって感じることがあります。

島っていう環境は?
チャレンジしやすい場所だなって思います。
なにもしなければなにも起きないから、こういうのがやりたいって伝えてアクションを起こしたら、絶対に何かしらの答えがもらえて、初めて会った人でも背中を押してくれたりとか、島の人たちの温かさって不思議だなって思います。

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