海へ、山へ、里へ。 To the sea,to the mountains,to the village.

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「和食の入り口に
正しく立つ」
 人を育てる。

"Standing correctly at the entrance to Japanese cuisine"
Developing people.

料理人になる為には、調理師専門学校に通ったり、
料理店で修行するなど、様々な方法があります。
島食の寺子屋では、
「和食の入り口に正しく立つ」人を育てます。
その土地、その季節に、
自然から頂戴したもので料理をする。
当たり前のようで世の中からなくなりつつある、
和食本来の心や技術を島での暮らしを通じて学びます。
一人前になるまで十年はかかる和食の世界。
その内の一年を島食の寺子屋で過ごすことで、
料理人としての”原点”を身に付けることができます。

There are many ways to become a chef, such as attending a culinary school or training at a restaurant.
At Shimashoku no Terakoya, we nurture people who will “stand at the proper gateway to Japanese cuisine.”
Cooking with what nature has provided in that land, in that season—something so natural, yet disappearing from the world—is at the heart of true Japanese cuisine. Here, you will learn its spirit and techniques through life on the island.
In the world of Japanese cuisine, it takes about ten years to become fully-fledged.
By spending one of those years at Shimashoku no Terakoya, you can acquire the “foundation” of being a chef.

海士町

Amacho

海士町は、島根県沖の日本海に浮かぶ隠岐諸島のひとつ。
本土からフェリーで約3時間の場所にあります。
豊かな湧き水に恵まれ、離島でありながら海・山・里の食材がそろい、
「半農半漁」の暮らしが営まれてきました。

町のキャッチコピーは「ないものはない」。
大事なものは、すべてある。
必要のないものは、なくていい。
そんな島らしい生き方を表した言葉です。

島食の寺子屋でも、この考え方を大切にしています。
島でとれる食材とまっすぐに向き合いながら、
日々、和食を学んでいきます。

1年間の学びの特徴

Characteristics of learning

「島食の寺子屋」では、その日に島で採れた食材のみで、料理をします。
1年間の流れとともに学びの特徴をたどります。

入学を検討している方へ

For those considering enrolling

島食の寺子屋に関わる人々

People

講師・スタッフ

生産者

創業者と卒業者の声

Voices of our founders and graduates

永野元くん(2025年度1年間コース)

高校を卒業してすぐの島暮らし。新生活は心配だった? やってきた部活のせいなのか分からないですけど、けっこう悪乗りみたいなのをやってきてて。他の生徒の方々が、自分よりも年上の方ばかりだから、そういう悪乗りみたいなのが通じる年代ではないんだろうなとは、入塾する前に思っていました。 今から社会に出る前に年上の人とどう関わっていくかは、島に来る前に少し考えました。でも、島に来てみたら、意外にみんなラフで、タメ語で話す人も増えたし、この9人で良かったなと思います。 島食の寺子屋に入塾したきっかけを教えてください。 勉強があまり好きじゃなくて、やっていた部活も大学に行かないと続けられないという競技で。競技を続けることを選択するのか、また違うことを選択するのかを考える時期があって、高校2年生くらいの頃に。 違うことするとしたらなんやろうって考えたら、家でもたまに料理をしたりとか、他にも趣味があったんですけど、趣味を仕事にしたら続かないんじゃないかなとも思ったり。身近なもので料理というものがあったから、料理の専門学校を探してて。 そんな時に、たまたま前年の寺子屋生徒の冨田さんと繋がりがあって、この島食の寺子屋を見つけて。とりあえず、行ってみようという感じで。来島見学に行く前から、そこしか行くところが自分にはないみたいな感じでした。 なぜか、高校2年生のときになぜか「手に職をつけないとな」っていう謎の焦りがありつつ、いますぐ就職するのは自分には無理やなと思っていたんで。今まで部活以外のことを殆どやったことがなくて、習い事とかはしていたんですけど、自分の中の社会人になる準備ができていなかったというか。大人の人たちとのコミュニケーションとかも、職場に就職するのはまだ早いと思っていて。 島食の寺子屋は学校法人じゃないけど、1年間仕事というよりかは塾みたいに学んで、なおかつシェアハウスで年上の人たちと暮らして、コミュニケーションの力はつけられるかなと思いました。 1年間娯楽とかを我慢して手に職をつけられるなら、安いもんじゃないというか、1年間くらい頑張ろうという気持ちで島に来ました。 1年間の中でつまづいたとき 料理でつまづいたのは、来て本当に最初の方で。シェアハウスで色々ご飯つくるときに、最初の1、2週間は各々で料理する感じやって。 まだなんも習ってないですけど、自分に料理が向いてんのかなというのは感じて。やっぱり一緒に住んでいる人がわりと料理経験がある人だったんで、自分もそうなれるのかなというのは不安ではあったし。 一緒に作って一緒に食べるというのを始めたら、色々と上の人たちが「こういう時は、こうしてみたら美味しくなるよ」とか教えてくれたり。やっぱり学校で学べることも数え切れないほどあるんですけど、家のキッチンで学んだことも多かったのかなと思います。 みんな早く夕飯食べたいのに、一個一個順番に作業を進めてたら二時間くらいかかったりもあるけど、その中でこれやりながら他のことやって、フライパンの火をかけている間に洗い物をしたりとか。 その辺りから料理って楽しいなというか、自信がついてきたというか。授業では、最初の桂剥きがみんなよりちょっとできていたのかなと思っていたんですけど、そこから魚を捌き始めたりとか本格的に始まってきた頃には、料理は桂剥きだけじゃないし、メインは味になってくる時に、味のセンスであったり技術は全然まだまだだなって感じてしまった時はありました。 鞍谷先生はどんな人ですか 来島見学のときにお会いした時に思ったのは、意外と物静かな職人さんやなと思って。正直自分から聞かないと教えてくれなさそうな人やなって思ってたんですけど。自分のことを意外に多く叱ってくれたりとか、自分ができていないだけなんですけど。 個人的には、たまに理不尽なことを言われているように感じることもあったんですけど、「それはお前が気付かなあかんことやぞ」ってアドバイスだっただろうし、今後お店に入ったときに、他の人が気付いてやるんじゃなくて、自分がまず最初に気付いて先にやっておく行動が大事なんだなって気付かされる先生でした。 どのようなところに就職しますか 「草喰なかひがし」です。そこで、何年続けるかは分からなくて、もしかしたら定年までやっているかもしれんし、途中で折れて辞めるかもしれんけど。ここで1年で学んだことは仕事で一度やってみて、できるところまで自分で全力でやろうかなと思っています。 どのように選んだかというと、最初にとりあえず、鞍谷先生に幾つかの店舗名を挙げてもらって、そこから自分でお店を調べてみて。草喰なかひがしさんでは、やっぱり使えるものは使うし、なるべく無駄のない料理というか。店のメインとなる料理が、白米なので、どうやって白米をメインに持ってくるかは面白そうだし、学んでみたいと思っています。 離島キッチン海士でお客さんに料理を提供するというのは、他の飲食店とやっていることは変わりはないとは思うんですけど。お客さんがいるなかで、料理をするにはスピードも大事やし、クオリティも大事やしっていうので、離島キッチン海士で鍛えられたことは、お店に行ってもすぐに馴染んでいきやすいというのは、数日間のなかひがしさんでの現場インターンを通して実感がわきました。 いまカウンターに立っているお弟子さんが3,4年目の方で、とりあえずその年数までやってみて、カウンターに立てるまでが勝負やと思うんで。自分にカウンターが合っているのかとか、やってみたいというのはありますね。 夏の京都研修で、辰巳屋さんと鳥米さんに行かせて頂いた時に、当時は割と料理にまだ熱がある感じではなくて。けど、去年の卒業生で鳥米さんで働いている冨田さんが、情熱だったり料理に対しての熱がもう自分より遥かに上だったんで、一個しか年が変わらないのにここまでやる気があるなんてって、ちょっと自分は何をしてるんだって、はっとさせられたというか。 話を冨田さんに聞いてたら、休日にも色んなところにご主人に連れて行ってもらうって言っていたんで。料理人全員がとは言わないですけど、料理人は休日でもお客さんに出す料理のことを常に考えてないとダメなんやなと気付かされたというか。 京都研修に行っている時は「自分には無理なんかな」って。上に見え過ぎて、一旦落ち込んだんですけど。島に帰ってきて、落ちている暇じゃないなって思い直して。9月に京都研修に行って、10月11月12月とあっという間に年が終わるだろうし、お節研修までにはお店にお邪魔して自分がちゃんと通用する状態になっておきたいなという目標ができて、そこで一気にやる気が出ました。 島暮らしはどうでしたか 島はやっぱ慣れたら楽ですね。個人的に、高校の時に住んでいた北海道の自然の中に住むというのは好きだったんで。北海道よりは規模が小さくはなるんですけど、島民の方とかも少ないし、自然と隣り合わせに暮らすというのは楽しかったです。 あと、西ノ島のキャンプ場で休みの日にキャンプをしたんですけど。夜にご飯を食べながら見る海の景色が良かったですね。 これから島食の寺子屋に入塾する方へひと言 自分は本当にここでいいんかなって不安もって来たんですけど、1年終わってみて、1年でこんな人生って変わるんやなって。みんな良い就職先だし。迷ったら絶対に来た方がいいって言いたいですね。 (インタビュー収録:2026年 3月9日 離島キッチン海士 大掃除途中)

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岡村さん(2020年度 四季を通して学ぶ1年間コース)

島食の寺子屋に入塾したきっかけを教えてください。 母が食事に気を遣っていたこともあって、普段から野菜や魚中心のご飯を食べていました。なので、私にとって食というと、和食が一番身近に感じていました。社会人になって、和食に関する色んな本を手に取るようになった時に、「その土地のその時に取れるものを食べることで体がその季節を乗り越えられる」という和食の考え方や、自然との繋がりがすごく近いことなど、とても関心を持ちました。 和食を知識としてだけじゃなくて、自分自身が実際に住んで肌感覚として学べたり体験できたりするというのが、島食の寺子屋を選んだ大きなポイントのひとつです。 あと、ゆくゆくは家庭料理を広めるようなことをしたいとも思っていたので、広めていく為にも和食の基礎を学んでおきたいと思ってました。ただ、料理の技術だけを学んで一流の料理人になるというキャリアは考えていませんでした。だから、暮らしながら自然を感じながら技術を身に着ける、そういった島食の寺子屋独自の「食」との距離感だったりとかと、自分の探し求めていたことがマッチしましたね。 島食の寺子屋での在学中で、記憶に残るエピソードはありますか? 入塾して間もない頃に、課外授業で筍を掘りにいくことがあって。確か当日の朝に「筍掘りに行こうか」って、ちょっとそこらに行こうかみたいな軽いのりで言われて。ちょいちょいちょいって抜くもんだと思っていたら、意外に山の中に入っていくし、急斜面で掘り返したりと思いのほかハードで。みんな次の日めっちゃ筋肉痛になるみたいに。 かと思いきや他の課外授業では、重装備で準備してと言われて臨んでみたら、ぜんぜん楽に10分くらいで終わるものだったり。自分自身が、自然との距離感がわかっていなかったなと。1年を通して、すごい振り回されていました(笑) あとは湧き水問題。校舎だけじゃなくて、シェアハウスで料理に使う水も湧き水と決めていて。でも、湧き水は雨が降ったりすると濁るんです。なので、天気予報を見ながら、雨の日の前は使う水を節約したりして、水をきらさないように、みんなで水の管理をしていました(笑)今思えば笑ってしまうような話ですけど、素で自然のことを考えていた時期でもあったなと思います。 あと授業のことでいうと、授業も思い通りに進むことなんてないですよね(笑)離島キッチン海士の仕込みがあって、「今日ここまで仕込みを終わらせないといけないよね」って時に、稲刈りの日程と被ることもあって。今のこのタイミングでしかできない稲刈りもやりたいし、仕込みも進めないといけないし、生徒間で時間をずらして交代制で行くこともあったり。すごく切り替えが求められましたね。 島食の寺子屋での振り回された1年間。学べたことは? 校舎でも家でも、どっちでも料理をしていて、料理に対する考え方というのが自分の中でも変化する1年でした。料理との距離が密すぎて、「料理とはこれだ」って答えは、卒業した直後には、逆に簡単には表現できない感覚。 「これを学んだ」というよりかは、学びの渦に飲み込まれて、凧のようにぐるぐる回って、ポンって島から出てきた感じ。ひたすら目の前に現れる出来事や食材に一生懸命しがみつくので精一杯でした(笑) でも、やっぱり外に出て色んなことに触れていくと、自分が何を学んだのか段々浮き出てくるように見えてくる。 例えば包丁のことで。在学中は「1年のうちで色んな事を学ばなくちゃ」ってなって、いつも焦っていました。「まずは包丁」ということは先生から何度も言われていたけど、自分としては包丁だけで料理ができるようになった気がしないから、もっと他のこともいっぱい勉強したいって思っていて。 けど、実際に働き始めてみると「包丁って大事だな」って思うことが多々あって。料理にまつわることって、食材に対して自分が思うように包丁が使えて切れたりするか、から全てが始まる。現場に入ると、それがすごくわかるようになってきて。包丁の使い方で食材の味は変わってくること、見栄えも変わること。どんなにいい食材でも切り方が思い通りにいかないと、火入れも変わってくるし、味の染み込み方もバラけてくる。 どんな料理にしても、「切る」ということが根本だったんだなって今は思えます。それをちゃんと徹底してやろうという先生の意味が、現場に入った今になってわかるようになりました。 決められたように食材を切るってことは、誰にでもできそうなことなんだけど、意外と難しくて。在学中当時は、包丁もままならないのに、包丁以外のことをもっとやりたいって、偉そうに生意気言っていましたね(笑) あと、料理の組み立て方ですけど。島食の寺子屋だと、「今この食材があるからこうしよう」って考える癖が、今でもあって。逆にいうと、食材がなにも決まっていないなかで料理を考えてくださいってことが苦手で。それが良いことか悪いことかわからないし、自分の熟練不足かもしれないですけど。 なんにも制限がないと、食材って無限にあるわけだから、そこから組み合わせを考えるのって難易度が高いなって思います。だけど、市場に行って美味しそうな旬の食材に目星をつけて買って帰ってきて、その食材をどう使ったらいいかと考えるのであれば、自然とメニューが出てきますね。 もうひとつは、思い通りにいかないことに対して動じなくなりました。毎日メニューを変えるような飲食店だったりすると、お客さんの数が毎回読めないんです。40名分仕込んでいて、ある日は40名来ない時もあるし、60名来るときもある。その足りない20名分をドタバタで追加で作るとか。 他には、朝にご飯を炊いたつもりが炊けていなくて、急遽メニューを変更するとか。ドタバタする現場に対しての耐性はつきました。もちろん、職場によってドタバタするところもあれば、ドタバタしないところもありますけどね。婚礼であれば、ずっと前から決まっていることがあってドタバタはないけど、当日にミスはできないという別の緊張感はありますし。 カリキュラムの中にある「離島キッチン海士」での実践授業はどのような存在でしたか? 私は島食の寺子屋に入るまで飲食の経験がなかったので、離島キッチン海士で実際にお客様に料理を提供する実践授業で、飲食店の現場の雰囲気や感覚を卒業する前に得られていたのは大きかったです。 就職活動する時に「飲食の経験はありますか?」って聞かれて、まったくのゼロよりかはあった方で良かったと思った記憶があります。料理学校だけ出た人より、実践も積んで現場経験がある人の方が採用しやすいのかなって。 在学中の私にとって、離島キッチン海士はどちらかというと苦手でした。決められた時間の中で、色んなことを一定のレベルまで同時に求められるというのが自分の性格的に苦手で。島食の寺子屋を卒業して現場に出てからの1年間も、「やっぱ向いていないのかな」と思うことが沢山あって。けれども、一緒に現場に入っていた店長の方が、てんぱっていた私のことを上手くフォローしてくれて。 それを半年くらい続けていくうちに動きがわかってきて。なおかつ、常連のお客さんと話して顔を覚えてもらうようになったり。自分の中で「しんどい」とかのマイナス要素より、「顔なじみのお客様に料理を通して接することができる」っていうプラスの面白さも見つけられる余裕が出てきたのが大きくて。それで、今も続けられているんだと思う。 料理を作るだけじゃなくて、お客様の顔が見えながら、会話しながら仕事するっていうのが、自分の性格にも合っているんだと思います。 今の働き方をするに至った経緯は? 就職活動中に山田奈美さんという料理家さんと出会って。色んな人と出会ってきた中でも「この人に学びたい」って思って。 ただ、アシスタントという立場で、それだけでは生活が成り立たないので、掛け持ちが必要になって。「まちの社員食堂」とのご縁もあって、そこで働きながら山田奈美さんのところにも通う1年を過ごしていました。 また別の知り合いが、婚礼の料理を出す「MAYA」で、キッチン足りてなくて、来ない?面白い職場だよと紹介してくれて。そこでも面白いシェフと知り合って、そのご縁のお陰で「料理ってこんなに面白いものなんだ」って気付かせてもらって。そういうことを繰り返しているうちに仕事が3つになりました。 そして、奈美さんの生徒さん繋がりで魚の捌き方を教えて欲しいとか、子供が生まれるからその間1ヵ月間限定で何かしら1週間分のおかずを持ってきてほしいとかのお話を頂いていて。そういう時は自分の仕事として承っています。 去年1年が特に踏ん張りどころでした。今までは、正社員としてしか働いたことなかったし。色んなことをしながら生計をたてていくという経験もなくて、自分一人でなんとかしなくちゃって感じた1年で、ナーバスになった時期もありました。 だけど、時間が経つにつれ、私の場合は誰かのもとにずっと付き続けるっていうのは、私の中の選択肢になかったことに気付いて。 そう考えるのであれば、例え今が大変だったとしても、まずは自分が学んでみたい人のもとで学んで、それが将来の肥やしになると思って。 最終的に自分で何かをやっていけるようにしておきたいし、それまでは学べるものを学んでいきたいです。色んなことをやりながら進んでいくのは、フリーランスとしてやっていく宿命だと思います。 最終的な夢はどのようなものですか? 食事をつくることや、食事をどのように食べるか、というのが大切だと思っていて。大事な人でもいいし、家族とか友達とかでもいいし、人と食卓を囲むということそのものを、伝えていきたいし、自分もそういった場に関わっていきたいという気持ちがあります。 食を通じて、色んな人とどのように繋がれるかは常に考えていて。どう繋がるのかというのは、箱型のお店になるのか、料理教室のような形なのか分からないのですが。「食卓を囲む」というキーワードにしながら、繋がり方は模索中です。 もし島食の寺子屋に戻ってこれるとしたら、どのようなことを学びたいですか? 鞍谷先生みたいに、ずっと日本料理をやってきた人の所作であったり、食材に対しての見る眼だったり、そういうのを改めてじっくり見たいです。もっと見て学べるところがあったと思う。 外に出て、色んな料理人さんを見ていると、やっぱり鞍谷先生ってすごく丁寧な人だなって気付かされます。在学中は自分の技術を上げることに精一杯で、先生の動きを見ているようで見れていなくて。もっと先生の動きを見ようという意識があったなら、もっと横で盗めることがあったんだろうなって。 ざっくりにはなってしまうけど、鞍谷先生の包丁の使い方、所作、料理の段取りの仕方など、厨房の中での動き方。今見たらより一層無駄がなく見えると思う。 例えば魚をおろして何か次の作業に入るってなった時に、まな板も包丁も綺麗にしてから、次の作業に移れるか。先生はスピードも速いけど、先生の身の回りは常に整理されて、次の作業へと綺麗に流れていく。初心者だと、とにかく目の前の魚を速くおろさなきゃってなって、綺麗にしておくなんてことまで意識がいかなくて、ぐちゃぐちゃになってしまうんです。 先生のレベルに達するまではいかなくても、1年間の中で先生がどのように料理を進めていたかは見れたはずだと思うんですよ。先生の前に集まって、魚の捌き方をみんなで見ることもよくあったんですけど、私は魚が捌かれるそのものを見すぎて、それ以外のことは見れていなかったんですよ。 だけど、現場に入っていくと、そういうところが人として出てくる。よくできる人って常に目の前がクリアなように見えるのです。動きも無駄がなくって。無駄がないと素早く効率的に動けるし速くできるし、料理もブレない。揚げ直しとか、その他のやり直しも発生しない。そういうところが、自分が余裕を持てるようになった今であれば、盗めるんじゃないかなってポイントです。 最後に島食の寺子屋への入塾を検討している皆さんに一言。 考えて考えて悩みつくすことも大事だと思うんですけど、動いていくうちに頭も動いていくから、島食の寺子屋に行くにしても行かないにしても、動くことって凄く大事だなって私のなかで思っていて。その考えは、島食の寺子屋に入る前も、在学中も、卒業した後も思っていることです。 やっぱり、動いていくうちに相乗効果で色んな人と出会って変わっていったりとか、自分自身の想いとか目指すものも変わっていく。必ずしも島食の寺子屋に入る時と、卒業した後の考えが変わっていたって良いと思うし。常に変化していくものだから、動けば見えてくるものが必ずあるし、自分の中で答えが出て来るんじゃないかなって。 なので、とにかく一度は見に行ってみて、自分がどう感じるかを確かめてみるのが良いと思います。気になるんだったら、それがご縁だとも思うし、そこから一年経ったらすごい変化もあるから、その変化そのものを楽しめたらいいんじゃないかなって思います。 (収録:2022年10月23日 オンラインで収録)

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2022年度 四季を通して学ぶ1年間コース

佐野さん(2022年度 四季を通して学ぶ1年間コース)

種を蒔いて、そこから
どんな花が咲くかはお楽しみ

島食の寺子屋を知ったのは、どのようなきっかけ? 寺子屋のことは日本仕事百貨というサイトで知りました。その当時いまの職場で働いていたときは、グリーンシーズンだけの秋までの任期だったので、この先どうしようかなって考え始めた時に、なんとなく日本仕事百貨のサイトを久々に見てみたら、募集記事があって。 仕事の求人じゃなかったので、「なんだこれ?」みたいな感じで目に留まった気がします。働きたくなかった訳じゃないですけど笑 その時は、美瑛に来て2年目で、1年目は農作業のお手伝いをして、2年目は現在も働いている宿で働きはじめて、段々と食べるものに関わるようになってきて。全くの素人だったけど、小さな職場だから色んなことをさせてもらえるなかで、調理に関わったりとか。 料理する方も、もっとできるようになっていきたいなと思っていたタイミングでしたね。 美瑛の風景 いまの職場で食に関わる前はどんなことを? スポーツ大会の写真を撮るお仕事をしていたんですけど、コロナで大会そのものがなくなってしまって。ちょっと仕事が減りそうだぞって求人を探してみたら、美瑛で農業ヘルパーの仕事があって。この機会に札幌を出てしまってもいいんじゃないかなって思っていました。 シティガールだったので、地方の方で土と近い暮らしは憧れでしたね。 それで、まずは農作業ヘルパーをやって、その任期が1年だったから、次どうしようってなった時に、たまたまここの宿の求人を見つけて。 寺子屋に入る時はどんなことを期待していましたか? 何ができるようになるとか、具体的に何かを期待していたわけではなくて。なんていうか、野菜とか魚とか自分のところに来るまでの道のりが分かるものがあって。あの人が作った野菜とか、あの港で獲れた魚とか、獲れたてをすぐに調理をする、ということそのものにワクワクしていたと思います。 定置網が港に帰っていくところ 例えば、すごく遠いところで採れた旬ではないものが当たり前に手に入る環境って、不自然だよなって思っていて。旬のものを肌で感じながら生活もして、料理も学ぶっていうところに身を置いてみたかったのが大きかったです。 札幌に住んでいた時は、実家に住んでいたということもあって、あまりそういうことを考えていなかったんですけど。美瑛に暮らし始めてみて、こんなに農業が盛んなところなのに、なんでスーパーに地元の野菜が少ないんだろうって。わざわざ遠い場所に出荷して、地元の人たちの手に入りづらいのはなんかおかしいよなあって。 そういう不自然さを、なくすのは今の時代では無理だと思うんですけど、それをやっているところが、島食の寺子屋なんだっていうのが、自分にとっては希望になりました。 同級生と蕗の群生地で そんな期待をもって寺子屋に入ってみて。色々なことが初めての島での生活。どんな生活のスタートでしたか? そうだなぁ。自分の場合は、寺子屋に入る直近数年で、住む場所も関わる人もがらっと変わることが続いていて。割と適応力はあった方だと思うけど、やっぱり物理的にも北海道から遠いし、全部が違いましたね。大根の桂剥きをするってなって、あんなにトラックいっぱいに沢山の大根を畑から抜いてくるなんて思ってもなかったですし笑 大小さまざまな大根・蕪を掘るところから始まる あとは、寺子屋でもお家に帰ってもみんなとずっと一緒にいることになるので、休みの日に自分の好きなヨガに行ってみたりとか、ちょっと離れる時間を持つことで自分を保っていたと思います。寺子屋の一生徒としてじゃなく、個人として動いてみる時間があるといいんじゃないかな。 実際に寺子屋に入ってみて、学べたなってことはなんでしょう? 料理をする時の工程で、「これはこういう意図があって、こういうことをするんだな」ってことを学べたと思います。ひとつの例えだと、魚の臭みとかぬめりを取る為に、霜降りをするとか。作業のひとつひとつに、こういう意味があるんだよって、考えて料理をできるようになったことかな。 砂糖を入れたら硬くなるから、砂糖・醤油・味醂を入れるとしても、砂糖は後から入れるとか。レシピを見てから料理をするとしても、自分ならこういう風に進めていこうかなって、自分で考えて料理をできるようになりました。 このレシピはこうしてるけど、先生は同じことをする時にこうしていたなって思い出しながら。先生がしていた手順とかにも、ちゃんとひとつひとつに意味があって手順があるんだなって。 レシピがこうなっているから、ただレシピ通りにするんじゃなくて、レシピのこの部分はこういう意味の為にやっているという風に、読み取ったうえで料理に取り掛かれるようになりました。 美瑛に戻って料理をしている際中に、寺子屋を思い出すことは良くありますよ。いま、私は自分で野菜を育てているし、とうきびとか小麦も自家栽培ですし。その小麦で作ったパンも売っているし。料理のジャンルは違うけど、寺子屋と同じスピリッツがあると思うことが多々あります。 自分で育てたり収穫した野菜たち 島を離れてみて、感じる成長はありますか? 遅いなりに手際は良くなったし。一緒に料理をしているメンバーに、調理師学校を出たり料理を学んだ人がいるわけじゃないけど、その中で私の仕事は丁寧だって言ってもらえることは多くなりましたし、そこは成長したのかな。先輩とかも、お客さんに料理を出す時に、私には安心して任せられるって言ってもらえたりするのは嬉しいことですね。 島を離れて3年目。当時のことを思い出すことはありますか? あります、あります。さっきは、午前中その辺を散歩していたんですけど。稲刈りが始まるくらいの時期に、玉ねぎ染めをしてその後に稲の中をみんなで散歩したことを思い出しました。 稲刈り前の散歩 だから、そろそろ稲刈りが海士町で始まる頃かな、新米だなとか。やっぱり、なんか季節が変わったなと思う度に、今頃の海士町はこんな感じかなって、思い出しますね。あんなことしていたなとか、こんな食材が取れていたなとか。 なんでもない時に、何かをみてはっと思い出すこともあります。去年はむいたミカンの皮を見て、崎小の校庭で、かけっこしたりダンベルしたりして遊んだ記憶が蘇りました。 小学校跡地でかけっこ 梅を見たら丹後さんのこととか、島でした梅仕事のことを思い出すし、みかんを見たら白石さんを思い出すし、しいたけを見たら福井さんを思い出します。北海道でも海士町を思い出すきっかけになるものは沢山あります。 梅干しづくり 今のお仕事はどんなことですか? シフトによるんですけど、朝番か遅番と、掃除やルームメイクも自分たちでやります。前日に仕込んであるポットローストを朝焼いて、サラダを作って朝食を出すのが、ざっくりというと朝番のお仕事です。 お客さんがチェックアウトするまでの間に、ディナーで使うものや翌日の朝食の仕込みをして、そのあと掃除をします。掃除が終わってお昼休みのあとも、チェックインまでの時間に主にそういった仕込みをします。遅番のときはチェックインと、ディナーを仕上げてお客さんに出すところまでやります。 ちなみにお昼ご飯はどんなの? 給食の献立表みたいに、その日のシフト表の横に献立表が貼ってあって。朝番の人は予めメニューを考えておいて、その日に使いたいものを書き出しておいて、買い出ししてもらうとか。だから、賄いはサラメシに出られそうなくらいに豪華な時とかもあったり。 お庭で育てているハーブを入れたパン粉で、イカフライに 今だったら畑でパプリカが沢山採れていて、こないだガパオを作ってくれた子がいたり。ズッキーニがいっぱい採れていた時期は、ズッキーニのパスタとか、麻婆茄子ならぬ麻婆ズッキーニを作ってくれたり。そういうことも、あるものでどうしようかなって考えるのは、寺子屋っぽいですよね?笑 私はハウス一棟分で好きな野菜を育ててもいいって、ありがたいことになっていて。とうきびの収穫とか畑仕事もやりたいって伝えていたから、自然と野菜担当になっていました。元パティシエでパンやお菓子作りが好きな先輩は、パン作りを任されていますし。それぞれの好きなこととか、向いていることを、やらせてもらえるのは、小さな職場だからかもしれないですね。 見渡す限り広がる とうきび畑 けっこう忙しそうですね? 両立できているといえばできているのかな。毎日自分の採った野菜を届けて、それが料理に使われているので、両立できているといえばできているんですけど。でも、畑仕事って収穫だけじゃないじゃないですか。これぐらい手をかけてお世話していたいけど、十分に手が届いていないってことはあって。あと、料理する立場としても、自分で育てた野菜たちを生かしきれていないと思うこともあります。贅沢なジレンマですけどね。 各棟にお届け形式 畑でいうと、ここまでやりたいとかって? 美しい畑にしたいんです。雑草がないとかそういうことではなくて。去年のお客さんにとうきび美味しかったって言ってもらえたことがあって。「他にもとうきび畑があるけど、ここの畑で育ったものは絶対に美味しいと思った」って言われて。とうきびを買ったけど、畑を見ててくれたお客さんもいて。それで、すごく自分の中でハッとして。ここで育った野菜なら食べたいって思ってもらえるような畑にしたいって、その時から思うようになりました。そんなこともあって、もっと畑に手をかけたいですね。 宿でやりたいことは、育てた野菜やハーブを使って保存食を作ることです。ドライトマトを作りたかったし、バジルシロップを作りたかったけど、出来なかったりとか。季節の手仕事をやり切れていないのが難しいところですね。 今後はどのような展望ですか? 畑を自分の生活の真ん中に置けるようになりたいですね。それで食べていく、というよりかはそれを食べていたい、というか笑 食べるものを自分で作って、自分で食べたいし。お客さんに美味しいって言われるのも嬉しいんですけど、家族とか友達とか自分にとって大事な人たちに美味しいって言ってもらえることの方が、私にとって大事だったり。 自分と近しい人たちの為に作りたいんです。現実的にはお金を稼いだりしないといけないんだろうけど、自分が作った野菜とかお米とかを、自分と周りの人たちとで食べて、それが広がっていって、もっとたくさんの人たちに食べてもらうことになったら、それでいいんじゃないかなって。 料理をする人以前に、生産する人でありたいなって想いがあります。 島食の寺子屋へ入塾検討している方に一言。 入ってみたらいいと思います。何を学んで持ち帰るかは、人それぞれだし。 間違いとかは絶対にないし、これが正しいってものもないし。みんな、寺子屋に入って、何かを持ち帰って、その先でどうなるか分からない方が面白いんじゃないでしょうか笑 寺子屋って、日本料理のことをするし、お魚を沢山さわってきたから、いま自分がそういう場所にいないことを勿体無いことのように思ってしまうこともあって。自分自身が和食が好きで、寺子屋の時に作っていたような料理をしたいと思うこともあります。ずっと美瑛にいるつもりではないので、いずれはお魚のおいしい場所で暮らしたいですね。 それぞれが寺子屋で種を蒔いて、そこからどんな花が咲くかはお楽しみ、みたいな感じで良いんじゃないでしょうか笑 種蒔きですよね、なんでも。 (インタビュー収録 : 2025年9月23日)

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2024年度 四季を通して学ぶ1年間コース

前田さん(2024年度 四季を通して学ぶ1年間コース)

茶懐石と在来野菜を繋げる、
料理の世界に

今働いているお店の説明をお願いします。  三友居というお店に勤めています。三友居は今の社長のお父さん(会長)が創立した仕出しのお店です。基本的には茶道の中の茶懐石というのを、出張料理だったりお弁当を作ったりしています。 幾つか選択肢があった中で、三友居さんに決めた理由は?  寺子屋に入塾した時から、茶懐石を専門にしたいって決めていたんですけど、具体的にお店の名前であったり、お店との繋がりとかが全くなかったので、どうしようかなって思っていたんですけど。  ちょうど、1年前くらいの寺子屋で行く京都研修の前に、鞍谷先生にそのことを相談していて、その直後に中央市場を見学をしている時に、たまたま三友居の社長の山本さんが歩いていらして。 三友居の山本社長  鞍谷先生がその場で紹介してくださって、それが最初の出会いでした。その時は、ひとつ繋がりができた嬉しいな、くらいで思っていて。年末にお節の手伝いに行かせてもらった時は、茶懐石のことに直接は触れなかったんですけど、雰囲気とかこういう価値観を持っていらっしゃるんだなとか、人間性とかを見れて。  その後に良かったら初釜にお手伝いに来ないか?と誘ってくださって。それがたまたま私がお茶のお稽古をしている官休庵さんで。普通だったらお稽古していても、初釜には絶対に入れないので、こんな機会は絶対にないと思って参加しました。  その当時は、他にもふたつほど就職先にしたい選択肢となるお店があって、それぞれ見に行ったんですけど。でも、三友居の会長のお人柄とか、仕事に対する姿勢とか、茶懐石に対する造詣の深さみたいなのを垣間見て、この人のところで学べるだけ学びたいというのが一番の理由ですね。 茶懐石に興味を持つまでの、道のりを教えてください。  価値観が変わり始めたのは高校生の時で、山形の小国町にある学校に通っていて。自分は何もできない、自分は何も持っていない、みたいな思春期独特の悩みがあって。自分はこの先に何をしていけばいいんだろうみたいな。  その時に、たまたま牛が放牧されている風景だったり、生徒が自分の感じていることをみんなの前で話す環境とかがある高校を母親に教えてもらって。自分のことを言葉にするなんてできない性格だったし、大阪に住んでいたらこんな自然にも出会えないしって、「ここで人生変えたる!」って意気込んで、その高校に行くことを決めました。 小国町での放牧風景  そこで親元を離れて自分自身と向き合ったり、一緒に暮らしている人たちとか、自然と向き合ったり。本当に大事にすることは何かみたいなのを、教えられたというよりかは、自分で見つけられたという教育の在り方の中で育ててもらったなって感じがあります。  動物のお世話をしたのもあって、命のことであったりを学びたいようになって、死生学を学べる大学に進学しました。大学では授業以外のところで、同世代の人たちと一緒に自然農をしてみたり、その畑でとれたものでカフェとかマルシェをしたり、子供たちに食育をしたりとか、そういう活動をしていました。  奈良のお茶農家さんのところで、お茶狩りとかお手伝いさせて頂くこともあって。遊びの一環みたいな感じで、茶道の中のお茶事というのをみんなでやっていたことがあって。子供たちと一緒に庭に生えているお花を摘んできて、生け花をしたりとか。農家さんがつくったお茶でお抹茶をたてたりとか。お料理も自分たちで作ったりとか。 お茶農家さんとの繋がり  本当に稽古でやるような型からははみ出しているし、無礼講ばっかりだったんですけど、みんなで作り上げている感じの茶懐石というか。本当に周りの自然と、そのお茶事というのがリンクしている感じというのが、すごい楽しくって。そういうことが、茶懐石に興味を持つ原風景としてあったと思います。 在来野菜との出会い  あと、色んな農業の活動をしていくなかで、今の農業の問題とか、農家さんが抱えている悩みとかを直接聞かせて頂く機会があったんですけど。自分の中で学びを進めていくなかで、在来野菜というのがあるっていうことを知って。それで、在来野菜を主軸に活動されている方たちのコミュニティとも出会いました。 在来野菜の直売所「タネト」でインターン  在来野菜っていうのは、その土地で長年種取りされて、個性をもった野菜のことを言うんですけど。みんながスーパーで食べているようなお野菜とは違って大量生産できないし、形もいびつだったり安定して採れなかったり、ちょっと味に苦味とかくせがあったりして、段々食卓から遠のいていった野菜たちなんですね。それを栽培している農家さんも、だんだん高齢化していっているし、そもそもそんな野菜を知らないから食べ方が分からないって消費者のひとも増えてきたし。  在来野菜が残っていくか消えていくかっていう大変な時期にあるなって思って。そういった現状を聞いた時に、自分に何かできることはないかなって考えて、まずは卒業論文で自分がずっと心の中で持っていた「人の命ってなんで尊いんだろう」って想いと、こんなに大変な種取りを続けている方々の信念って、なにか繋がっていて、大切なものがそこにあるんじゃないかみたいな予感があって。  そういう予感もあって、卒論のテーマにしたのが「種取りが育む命観」でした。山形で在来野菜を育てている農家さんと、長崎の雲仙にいる農家さんと、あとイギリスにもいる方にもインタビューしました。その方々の話を聞くなかで、種取りをされている方って、野菜に対してすごい愛情をもって育てていらっしゃって。  ただの商売道具とかには思っていなくて、本当に自分の家族とか子供とかパートナーみたいな感じに接していて。人と野菜の間にすごく良い関係性があるんだなって感じました。種取りをするっていうのは、野菜の一生と向き合うことで。  種を植えて育てて収穫して、その野菜の花を咲かせて種をとって、その種を保存して来年の春にまた芽が出るっていう、野菜の命の循環を毎年毎年繰り返していて。農家さんたちは、そんなに意識されていなかったんですけど、命って循環しているんだなっていうのを自然に持っていらっしゃって。  そういう感覚って、きっと子供の食育にも大事なことだし。自分が知りたかった「人の命はなんで尊いのか」ということに対しての一つの答えになると思っていて。自分の両親とか、おじいちゃんおばあちゃんとか、もっと上の世代から繋いできたからこその、他人には替えられない自分の命の尊さというか。見かけの、どれだけお金を持っているかとか、どういう仕事に就いているのかとか、年齢とか性別とか関係なく、人の命が尊い理由はそこにあるんじゃないかなって。  野菜の命である種を繋いでいくことも本当に大事なことだと思っていて。卒論をきっかけに色んな農家さんの話を聞いて、自分は何もできないけど、なにか恩返しをしたいし、自分なりの方法で伝えていきたいと思いました。 茶懐石と在来野菜を繋げる、料理の世界に  農家さんへの恩返しに、何を手段にしようかなって思った時に、アルバイトをしていたお茶農家さんのところでの茶懐石がイメージとして残っていて。茶道の世界って自然のサイクルとかをすごく大事にしているし、地産地消というか自分たちの近くにあるものこそご馳走だって考え方。  物珍しいものとか高価なものを出して喜ばせるというよりかは、ほんとに身近にある自然から頂いて、ほんのちょっとのものを愛でるというか尊ぶ価値観とかが、在来野菜を伝えるには良い価値観だったのかも。  在来野菜に惹かれていた理由は、今思ったら先人の方たちが「これは大事だ」って思ったものを、次の世代に受け継いで、次の世代もこれが大事だと思って大事に種をとるという、今の農業とは真逆のやり方をとっている方がいて。並大抵のことじゃないとも感じていたし。そこから卒論を書くために、そういう人たちにインタビューをとるようになって、自分もなにか小さくてもいいから役に立ちたいなって。  自分が好きでこれからできそうかなっていうのが料理で。その流れで島食の寺子屋を知った時に、あぁぴったりだなって思いました。 島食の寺子屋での筍掘り  でも、今までの自分が知っているのと全く違う世界だし。料理でやっていくってなって。でも18歳とかから料理人を志している方々がいる中で、自分がスペシャルなものを持っていないと、料理人の世界に入っていけないんじゃないかって思ったりもして。だから、島食の寺子屋っていう、スペシャルな体験ができる料理学校に入ろうと思ったのもあります。 実際に茶懐石の世界に入ってみてどうだった?  もう奥深すぎて、何から手を付けていいのか分からないっていう。料理だけじゃなかった、みたいな。出張料理ってなると、私は会長とご一緒することが多くて。茶懐石の世界ですと、「辻留さん」が一番有名だとは思うんですけど、裏千家のお抱えだから裏千家一本でされていたりとか。  一方で、三友居さんは、どの流派でも対応できるようにしていて。そうすると全ての流派の、お箸の持ち方とか、使うお箸も違うし、お菓子も違ったり、出す順番も少しずつ変わったり、それも季節ごとに変わってくるっていう。  基本的に、裏千家・表千家・武者小路という3つが流派としては多いんですけど、まだまだ他にも色んな流派があって頭がわーってなるし。器も会長はすごく造詣があって、すごい好きだから勉強になるんですけど。今までの茶道とかの歴史とか、器の歴史もあるし、茶道で使われるモチーフとかの文化的な背景とか。私が知らない世界がまだまだ沢山あります。 茶懐石の中で料理のお仕事ってどんなもの?  入ってみて、やることなすこと本当に全て楽しくて。やりたいこともどんどんチャンスを下さるし、すごい楽しいんです。でも、仕出し屋さんって裏方なのでお客様の顔が見えなくて。実際に御客さんがどういう表情をしていたのかとか全然分からないし、そういう部分ではすごい難しいところがあるなって思います。  あとは、ただ美味しい料理を作っているだけじゃだめなんだなって。お客さんを喜ばせようと思っても、文化度が高い方をお相手にすると難しいと思ったし。自分がこれを仕事にしようと思った時に、人脈とか人間力とか京都ならではの関係性みたいなのがあって、持ちつもたれつみたいなところがあるから。 いちなんでもない料理人が太刀打ちできる世界じゃないなって、今はちょっとナーバスになっています(笑)  それに、どこから手をつけていいか分からないというか、器の産地とか年代とか種類とか覚えたらいいのかって勉強したりとか。掛け軸を見て読めないから、じゃあ文字の勉強をしようとか。料理ももちろん勉強するし、茶道の文化とかとにかく手あたりしだい覚えないといけないなって。そういうので焦ってしまってしまったりもあります。 島食の寺子屋に在学中のお話を。 本当に人生で一番豊かな時間だったなって思います。今のところはですよ(笑)食材に恵まれているというのもあるし、すごい高校時代を思い出す人間関係だったり。高校で食品加工の部長とかしてて、栗を拾って栗ジャムを作ったりとか、そういうのがすごく楽しくって。寺子屋でやっていることは、さらに豊かだったなと思えて。 全部自分の生活と授業がリンクしている感じがして落ち着くし、安心感があるし。消費している感覚が苦手なんですよ、知らない誰かが作った替わりがあるものを買っても、満たされないというか。替えがきいてしまったり、そこまで重要じゃないものに囲まれているのが落ち着かないっていうのがあって。そういう意味では海士町の暮らしって、全部顔が見えて、会話とか物語と一緒になっているというか。昔はそういうのが当たり前にあったのかもしれないけど、今の社会の中では豊かなことだなって。 友達と話したことがあって、料理とか洗濯とか生活のあらゆることがあると思うんですけど、そういうのを人に預けてしまうのが恐いなって話をしたことがあって。誰かに預けてしまったら、自分が弱くなってしまうような感じ。 あと、働き始めて思ったのは、寺子屋とか離島キッチン海士の環境で、本当に色々と失敗しながらもやらせてもらったことは有難かったなって思います。普通だったらできないことにチャレンジさせてもらっているじゃないですか。4月に入塾してちょっと経つと、もうお客様に向けて料理を提供するとか。でも、みんなで現場をまわして、料理の全部のことを見渡せて、実際にできて、フィードバックがもらえるという環境。失敗もさせてもらえて、すごい守られた環境でやれてきたことが今に活きているなって。 料理とか技術とかって、やればやるほどついてくるんですけど、料理じゃないところの鍛えられたところを重宝されています。簡単なことだと、事前の準備とかみんなで協力することとか、料理を仕事にする上ではないがしろにできないことだし。仕入れたものでどう料理するのか、余ったものをどう使っていくのか。生産者の方の背景とか現場を見れたから想像できたものとか。実際にお客様を前にした時に、手を早くするとか、自分がどういう失敗をしがちなのかとか、そういう一年間で蓄積されたものが沢山あるから、実際に仕事で現場に入って、ばーって一気に仕事が来た時に、戸惑いながらもその時の経験が活きているなって感じることがあります。 自主企画で同級生とともに茶懐石に挑戦@離島キッチン海士 島っていう環境は? チャレンジしやすい場所だなって思います。なにもしなければなにも起きないから、こういうのがやりたいって伝えてアクションを起こしたら、絶対に何かしらの答えがもらえて、初めて会った人でも背中を押してくれたりとか、島の人たちの温かさって不思議だなって思います。 4年に1度実施される、だんじり祭りにて

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